皆さんこんにちは。
このコラムでは、在留特別許可に関する判例をご紹介しています。
本日ご紹介する判例は、中国在留邦人の実子と、その配偶者又は孫として上陸許可を得た6名に対する法務大臣の在留特別許可を与えない旨の裁決及び退去強制令書の発布処分について、実子とされた者が継子であるなど虚偽申請があったとはいえ、その違法性は極めて重大とまではいえず、在留邦人やその家族と密接な関係があったことなどを考慮して、裁量権の逸脱又は濫用があったとされた事例です。
【事案の概要】
中国残留邦人であるA(日本人)の実子及びその配偶者又は孫として本邦の上陸許可を得たXら(在留資格はX3、6が実子として「日本人の配偶者等」、X1、2、4、5、7が実子の配偶者又は孫として「定住者」)が、後にX3、6がAの実子でないことが判明してXらの上陸許可を取り消されるなどしたところ、在留特別許可を求めてY1に異議を申し出たが異議に理由がない旨の裁決を受け(本件裁決)、これを受けたY2の退去強制令書発付処分(本件発付処分)を受けた。
Xらは、本件裁決・本件発付処分が裁量権を逸脱した違法な処分であるとして、処分取消を求めた事案である。X3、6は、中国人夫婦の子として出生した中国人であるが、その母がAと再婚したため、Aの連れ子(継子)となったものである。X3は、中国人と結婚するまでAと同居していたものであり、Aが日本への永住手続を取った後、X3が実子であるとのAの誓約書を得て、子X1、2と共に本邦の上陸許可を得た。X6は、母の再婚直後、他の中国人の養子となり、X1~3が本邦に入国した後、X6が実子であるとのAの誓約書を得て、夫X7、子X4、5と共に本邦の上陸許可を得た(X3、6がAの実子であるとの申請は虚偽であった。X6は、他人2人をその実子〔Aの孫〕とした虚偽の申請もしていた。)。
1審判決は、在留特別許可を付与しないことが違法となるのはその判断が全く事実の基礎を欠き、又は社会通念上著しく妥当性を欠くことが明らかな場合に限られるとした上で、X3、6がAの実子であるとの虚偽の身分関係を計画的に作り上げて入国したことは重大な違法であり、Aの継子であったからといって裁量権の範囲は限定されないなどとして、Xらが入国後は平穏な生活を送っていたことを考慮してもなお、在留特別許可を付与しないことが社会通念上著しく妥当性を欠くことが明らかであるといえないとして、Xらの請求をいずれも棄却したため、これを不服とするXらが控訴した。
本件の主要な争点
① 本件裁決及び本件発付処分が、市民的及び政治的権利に関する国際規約(以下「B規約」という。)ないし児童の権利に関する条約(以下、「児童の権利条約」という。)に違反するか
② 被控訴人である法務大臣の本件裁決に裁量権を逸脱又は濫用した違法があるか
③ 被控訴人である主任審査官の本件発付処分に裁量権を逸脱又は濫用した違法があるか
【本件判決の内容】
1.争点①本件裁決及び本件発付処分が、市民的及び政治的権利に関する国際規約(以下「B規約」という。)ないし児童の権利に関する条約(以下、「児童の権利条約」という。)に違反するかについて
(1) 難民認定法50条1項3号は、同法49条3項の裁決に当たって、異議の申出に理由がないと認めるときであっても、被控訴人法務大臣が特別に在留を許可すべき事情があると認めるときには、その者の在留を許可することができる旨を定めるのみであり、その具体的な基準については特に明示していない。また、在留特別許可を付与するか否かについては、異議申立人の申立事由のみならず、当該外国人の入国経緯、在留中の一切の行状、国内及び国際情勢、外交関係等の諸般の事情を考慮して、時には高度な政治的判断も必要となり、時宜に応じた的確な判断をしなければならないことからすれば、難民認定法は、当該外国人に在留特別許可を付与するか否かを判断するに際して、被控訴人法務大臣に広範な裁量権を認めたものであると解される。したがって、被控訴人法務大臣が退去強制事由に該当する外国人に対し在留特別許可を付与しなかったことが違法となるのは、その判断が全く事実の基礎を欠き、又は社会通念上著しく妥当性を欠くことが明らかな場合に限られると解するのが相当である。
控訴人らは、本件各処分が、B規約23条等、児童の権利条約3条等に違反し、確立した国際法規の遵守を定めた憲法98条2項にも違反することを理由として、直ちに本件各処分は違法となる旨主張する。
しかし、憲法22条1項は、日本国内における居住・移転の自由を保障する旨を規定するにとどまり、外国人が本邦に入国することについては何ら規定していないものであり、このことは、国際慣習法上、国家は外国人を受け入れる義務を負うものではなく、特別の条約がない限り、外国人を自国に受け入れるかどうか、また、これを受け入れる場合にいかなる条件を付与するかを、当該国家が自由に決定することができるものとされていることと、その考えを同じくするものと解される。したがって、憲法上、外国人は、本邦に入国する自由を保障されているものでないことはもちろん、在留の権利ないし引き続き在留することを要求し得る権利を保障されているものでもないと解される。そして、B規約には、上記のような国際慣習法を制限する旨の規定は定められていないし、B規約13条は、「合法的にこの規約の締約国の領域内にいる外国人は、法律に基づいて行われた決定によってのみ当該領域から追放することができる。」と規定しており、不法に在留する者に対して退去強制措置をとり得ることを前提としているものと解されることからすれば、B規約は、外国人の入国及び在留の許否について国家に自由な決定権があることを前提としているものであり、マクレーン判決にいう国際慣習法上の原則を制約する「特別の条約」には当たらない。また、児童の権利条約9条4項は、締約国がとった父母の一方若しくは双方又は児童の抑留、拘禁、追放、退去強制、死亡等のいずれかの措置に基づいて父母と児童が分離した場合について規定しており、同条項は、父母と児童が退去強制措置によって分離されることがあり得ることを前提としているものと解され、児童の権利条約も、外国人の入国及び在留の許否について国家に自由な決定権があることを前提としているものであり、マクレーン判決にいう国際慣習法上の原則を制約する「特別の条約」には当たらない。
したがって、本件各処分が、B規約若しくは児童の権利条約又は憲法98条2項に違反して違法となるとの控訴人の主張は採用できない。
(2) もっとも、憲法98条1、2項(条約・国際法規の遵守)及び憲法99条(公務員の憲法尊重擁護義務)によれば、我が国の公務員は、このような国際人権条約(B規約や児童の権利条約)の精神やその趣旨(家族の結合の擁護や児童の最善の利益の保障)を誠実に遵守し、尊重する義務を負う。したがって、当該外国人に在留特別許可を付与するか否かを判断するに当たって、被控訴人法務大臣は、国際人権条約(B規約や児童の権利条約)の精神やその趣旨を重要な要素として考慮しなければならない。
2.争点②被控訴人である法務大臣の本件裁決に裁量権を逸脱又は濫用した違法があるかについて
(1)入国手続の違法性
A、X3及びX6は、公証書の記載及び申請書に記載した身分関係がいずれも虚偽であることを認識しながら、あえてその身分関係に基づいて本邦に入国しようとしたというべきである。
ウ しかしながら、X3及びX6が姓名を変更したことや継子を「長女」「次女」と呼称すること自体は中国の法律や慣行上特段違法・不自然なものではないこと、Aが各申請時に添付した戸籍等の資料は真正なものであって、これらをつぶさに検討すれば、Aの申請が虚偽であることが発覚する余地もあったこと、もしAやXらが真実の身分関係を当初から明らかにして入国申請をしておれば入国が許可された可能性がなかったとはいえないことなどの諸事情に照らすと、A、X3及びX6の入国手続における虚偽申請の違法性は極めて重大なものとまでは評価できない。
(2)本件に特有の事情
X3は、中国人母の連れ子であることをはるかに越えて、A自身及びその家族全体との関係で、Aの実子同様の密接さがあったということができ、このような家族関係は、日本国がその尊重義務を負うB規約に照らしても十分に保護されなければならないものである。
また、X3の妹であるX6は、病弱であったためやむなく他に養子で出されたが、結婚後X3と連絡を取り合い、一時帰国したAや中国人母と再会して日本国への入国を申請したものであり、そのAやX3との家族関係もX3と同様尊重されるべきである。
さらに、A、X3及びX6らの家族が本件のような事態に直面したことについては、控訴人らに退去を強制している日本国自身の過去の施策にその遠因があり、かつその救済措置の遅れにも一因があることが留意されなければならない。Aの両親が中国に渡ったのは、当時の日本国の国策であった満州国開拓民大量入植計画によるものであり、また終戦後Aの母が日本に帰国できずAの帰国が遅れたのも、日本国の引き揚げ施策が効を奏さなかったためであって、そのような中で生活維持のためにやむなくAが中国人の養子とされたのである。その後、昭和47(1972)年の日中国交回復を経、終戦後36年にしてようやく中国残留孤児の集団訪日調査が行われ、49年後の平成6(1994)年に至って、「今次の大戦に起因して生じた混乱等により、本邦に引き揚げることができず引き続き本邦以外の地域に居住することを余儀なくされた中国残留邦人などの置かれている事情にかんがみ、これらの者の円滑な帰国を促進する」ことなどを目的として、「中国残留邦人等の円滑な帰国の促進及び永住帰国後の自立支援に関する法律」(以下「中国残留邦人帰国促進自立支援法」という。)が公布されたものである。このような救済措置の遅れは、当時の国際情勢等との関係でやむを得なかった面もあるが、結果的にみてなんとしても遅きに失したとの感を否めない。そして、同法で、円滑な帰国・入国の特別配慮の対象とされている「当該中国残留邦人等の親族」の中に控訴人らのような連れ子が含まれる旨の直接の規定はないが、控訴人らは「前各号に規定する者に準ずるものとして厚生労働大臣が認める者」(同規則10条6号)に該当する余地が残されている。他方、難民認定法により「定住者」として在留資格が認められる者の中には、日本人配偶者たる外国人の連れ子が定められているが(平成2年法務省告示第132号(定住者告示)の6号)、これは未成年で未婚の者に限定されている。この規定は一般的には合理性を有するが、控訴人らのような中国残留邦人の親族の場合、実子同然に育った者であっても、上記のような引き揚げ措置の遅れによって(この間に成人に達したり結婚したりして)在留資格を取得できないという不合理が生じ、中国残留邦人帰国促進自立支援法の趣旨が没却されてしまうおそれがある。
このように、過去の日本国の施策が遠因となり、その被害回復措置の遅れによって結果的に在留資格を取得できなくなってしまっている控訴人らの立場は、本件に特有の事情として、特別在留許可の判断にあたって十分に考慮されなければならない。
(3)まとめ
これらの本件に特有の事情、前記に認定した控訴人らの日本での生活状況に顕れた控訴人らの家族の実態及び控訴人子らが我が国に定着していった経過、控訴人子らの福祉及びその教育並びに控訴人子らの中国での生活困難性等を、日本国が尊重を義務づけられているB規約及び児童の権利条約の規定に照らしてみるならば、入国申請の際に違法な行為(その違法性の程度については前述したとおりである。)があったことを考慮しても、本件裁決は、社会通念上著しく妥当性を欠くことが明らかであり、被控訴人法務大臣の裁量権の範囲を逸脱又は濫用した違法があるというべきであるから、その余の点を判断するまでもなく、取消しを免れない。
3.争点③被控訴人である主任審査官の本件発付処分に裁量権を逸脱又は濫用した違法があるかについて
被控訴人主任審査官による本件発付処分には裁量の余地がないから、裁量権の逸脱や濫用について判断する余地はない。しかしながら、同処分は、被控訴人法務大臣による本件裁決を前提とするものであって上記のとおりその裁決が違法なのであるから、本件発付処分も違法となり取消しを免れない。
【コメント】
本判決は、1審判決と同様の裁量権の範囲を示した上で、本件各処分がXらが主張するようにB規約や児童の権利条約に違反するものではないにしても、在留特別許可の付与を判断するにあたって、条約の精神や趣旨を重要な要素として考慮しなければならないとし、入国申請の際に違法な行為があったことを考慮してもなお、本件裁決が社会通念上著しく妥当性を欠くことが明らかであり、取消を免れないとしました。そして、本件発付処分は裁量の余地がないから裁量権の逸脱を判断する余地はないけれども、本件裁決を前提とするものであり、本件裁決が違法であるから本件発付処分も取消を免れないとし、原判決を取り消して、Xらの請求を認容しました。
入管法50条の在留特別許可の付与は法務大臣の自由裁量であり(最三小判昭34. 11. 10民集13巻12号1493頁)、付与しないことが違法となるのは、その判断が全く事実の基礎を欠き、又は社会通念上著しく妥当性を欠くことが明らかな場合に限られます(最大判昭53. 10. 4民集32巻7号1223頁、判タ368号196頁参照〔マクリーン事件〕)。本判決も同様の基準を示した上で、あてはめとして中国残留邦人に対する施策の遅れ等にも言及しつつ、判断が社会通念上著しく妥当性を欠くことが明らかであるとしたものです。
このような判例は、今後の同種事案の参考になると思われます。なお、本件ではXらにつき「定住者」として在留資格が与えられることとなったようです。
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